カテゴリ:デザイナー( 6 )

1月2日の朝
NHKを見ると
こんな素敵な番組が
やっっていました。

三宅一生 東北へ
伝統を未来につなぐ旅
三宅一生の東北をめぐるクリエーションの
舞台裏に密着、創作の秘密に迫る

世界を舞台に活躍してきたデザイナー・三宅一生の原動力は、
常に「日本」でした。
刺し子や藍染めなど、日本の伝統的な素材に斬新なデザインを施しては、
世界中の賞賛を集めてきました。
特に東北の寒い気候と貧しい生活の中で培われてきた手工芸は、
三宅にとってインスピレーションの源でした。
岩手の「ホームスパン」、宮城の「白石和紙」等々は三宅の手で新たな命を吹き込まれ、
ニューヨークやパリのコレクション会場を華麗に彩りました。
しかし、その大切な産地は高齢化や近隣諸国とのコスト競争に加え、
今回の大震災で壊滅的なダメージを受けてしまいました。
この危機から立ち直る手助けをしたいと、三宅は挑戦を決意。
東北との繋がりを見直し、新たなデザインに収れんさせます。
それは、自らの創造力を触発し続けてくれた東北の伝統工芸に対する恩返しであり、
同時に日本のものづくりのパワーを次の世代に受け渡そうとする、第一人者としての模索でした。
 
http://cgi2.nhk.or.jp/navi/detail/index.cgi?id=11w6120120102
より抜粋。

私は、ちょうど最後の方の
宮城の白石和紙のところから
見たのですが
和紙を紙衣(かみこ)と言って
着用していたようです。
白石和紙を守るおばあちゃんがおられるのですが
和紙作りの思いもすごく
それはずっと守り続けているからでしょうね。
一生さんにズバッとものを言われるんです。
紙衣というのは中に綿を入れずに
作ってほしいとか
仕事をするから袖無しの紙衣を
作ってほしいとか、、
職人だからこそ言えるんだと思います。

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こちらは1982年の和紙を使った作品
三宅一生さんは
昔から日本を意識し
日本の本当の美しさを
世界中に伝えてこられた。

そして、そんな工房がある
東北の地に起こった地震。津波。。

一生さんの思いは
また、沢山の方に通じるだろうと。。

和紙作りのおばあさんが
紙衣を着て歩いて
誰かにステキだと言われたら
型紙も作り方も教えたいと
おっしゃってました。
私も『紙衣』の型紙が欲しいな。

この年になって初めて知った
紙衣(かみこ)
和紙で作った着物を
私も着てみたいな〜

20年以上前でしょうか?
初めて行った『ISSEY MIYAKE 青山店』
息が出来ないくらい
その空間は洋服がおしゃべりしていた。
それはまるで詩でもうたうように。。。

いつまでもハンサムな三宅一生さんの
はにかむ笑顔。

あなたの洋服を
私も愛用する時期があったことを
感謝して。。。


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by ogawaito | 2012-01-04 22:49 | 未分類
こどもの頃から
家には手芸や編物や洋裁の本がありました。
その時から
ずっと私は
知らず知らずに見ていたのでしょう。
ILSE BRASCH イルゼ・ブラッシさんの
クロスステッチを。。。
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私の楽しみは
眠る前にオークションで
昭和レトロな本を探すこと。。。
そして、こどもの頃からの本能か
辿り着くのは
イルゼ ブラッシさんの本。。。
戦後、クロスステッチが刺繍の中でも
群を抜いて盛んになったのは
クロスにさすだけの簡単なものというより
イルゼ ブラッシさんのおかげだったとも言われます。
オンライン書店BK1さんから抜粋します
イルゼ ブラッシさんの紹介です。
1909〜68年。
ドイツ人の父と日本人の母の間に京都で生まれる。
手芸はロシア人のマルリッチ夫人と母親から手ほどきを受け
独力で研究。山脇服飾美術学院ほかで講師を務めた。
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私が生まれた年に
亡くなられて
しかも、京都生まれ。。。
どうしても欲しくなりましたが
これがオークションでも
御存知な方が多いので
現在、3000円前後が底値になっています。
すごい出品者さんは一万円とかつけています、、、
でも、私は逆の発想で
探し当てました。
イルゼブラッシとは知らずに出品している人を
探すんです、、、
長い道のりでした。。。
でも、すごくいい状態のをめちゃくちゃ
お安くゲットしました。
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正直、昔ほど
家の中に手芸を通して
潤いを与えているのだと
痛感させられました。
本の表紙の可愛いエンジェルは
アルバムの表紙の刺繍だったんです。
こんなステキなアルバムがあれば、、、
なんだか、
現代の私たちは何をしているんだと
怒られているような気もしました。
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こちらのクロスステッチ本も
4000円前後で販売されていますが
オークションでお安くゲットしました。
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もちろん、イルゼブラッシさんの
作品もあるのです。

『カラーフル デザイン』
!!!!
もう、心を鷲掴みにされました。
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こちらはイルゼブラッシさんは
載っていないのですが
『原色』という言葉に惹かれていました。
a0157135_1262675.jpg

こちらにもアルバムに
刺繍がされていました。
私、孫が出来たら
ゼッタイにしようと思います。。。
この時代は備品もオシャレですね、、、
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ビーズの本も買ったんですがこれは
破格でした!
ビーズをされる方なら
御存知のTOHO ビーズが
キャピタルって名前でビーズを出していました。
あ〜今あればヴィンテージですよね。。。
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私の夢は
総ビーズ刺繍のバッグを
自分用に作ること、、、
デザインを考えるだけで
楽しいでしょ?
ちなみに
私、この写真に載っているような
昔の指輪が大好き。

この4冊全ては
昭和39年とか43年の頃のものです。
刺繍をしている私には
これからの何かを変えてくれそうな
4冊でした。

最後に
原色クロスステッチに載っていた
ステキなポエムを
ご紹介して終わりにしたいと思います。
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*************************************
展覧会で見た油絵の印象が忘れられずに
スエーデン刺しゅうに刺してみる
わたしとしては上々の出来映えで
友達みんなにほめられる
彼いわく
とても信じられない
ですって

月曜日
休み明けの
眠い目をこすりつつ
いつものように学校へ行く
ここでもわたしの刺しゅう好きは
かなり有名で、バッグから定期入れ
筆入れにいたるまで、すべてお手製なのが自慢

学校を卒業したら
インテリアデザイナーとして立つことが
わたしの夢
その練習として、まず手始めに自分の部屋から
デザインしようと思いつき
さっそくはじめる

クッションやマットはパステル調の色彩で
明かるく、そしてたのしくはなやかに
寝室のアクセサリーは
落ちついたすみれ色で・・・
刺しゅうはムード作りに
絶好の小道具

**********************************


あなたも刺しゅう
はじめませんか?

きっと
胸がドキドキしてしまうでしょう。


私も刺しゅう
しています。
そう、ステキなムードを
作るために、、、






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私にとって
やはり欠くことの出来ないデザイナー。
いや、デザイナーだからではなく
憧れの女性であった。
常に新しいコレクションは
私の中の何かを
ゾクゾクとさせた。
けっして、
ワクワクではなかった。
高校生の私には
一着の洋服は大変高価であった。
でも、それでも欲しいと
思う洋服が
どのシーズンに足を運んでも
並んでいた。
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特にこの時のコレクションは
私は大好きだった。
しかし、残念ながら
手には出来なかった。
これを着るのは全身を
これで埋め尽くしたい思いがあり
スカートだけでも片手では買えない。

アヴァンギャルド、,,
まさに何年も先を行く人。。。
先の先を
まるで洋服をくつがえす様な
洋服だった。
あえて、脱色されたり
あえて、裏地が見えていたり
あえて、裏地が表地になったり
あえて、破れていたり
あえて、シワシワだったり,,,

なのに、その洋服に
身を通すと
まるでしなやかな
まるで着ていないかと思うくらい
着心地は良かった。
まるで
ソファに身が沈んでいくように
私の体まで溶けてしまいそうな
そんな毒をもった洋服だった。

時には,太い眉を
細く細く剃ってしまい
残りの眉にもファンデーションを
はたき
まるでなにもないかのように
顔にまで色を無くしていた。
まつげには
真っ白の色を選んだ。
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私の若い時の洋服を
全身の血を赤くドクドクと
流れるように
興奮させてくれた
あこがれのひと。

そして、この古いアサヒグラフは
私の宝物。
コムデギャルソン20年の貴重な雑誌。
雑誌に出られることは珍しく
当時,ファンの方々にも人気で
手に入らなかったが
若くして亡くなった
建築家の卵の親友が
買ってきてくれた。
『見つけたよ!あったよ』
1993年のこと。
だから、手に触れることは
しばらくなかった。

引越を機に
今月命日な彼女を思い出すように
私は、なんどもなんども
アサヒグラフを
読んだ。

少年のように。。。
コムデギャルソン。。。


ファッションは
ただ着るだけじゃない。
深い意味があることを
知ってこそ
楽しみが出てくる。

京都BALの
二階を上がると右手に見える
暗く冷たいコムデギャルソンは
私のすべてだった。
まだ、高校に入ってすぐの頃だった。

今は、もう袖を通すことは無い。
だけど、もし、
いつか着る時が来るなら
川久保玲さんのデザインのコムデギャルソンが着たい。
きっと、
また、私の中に
熱い何かが流れ出すでしょう。
そう、少年のように。。。




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母が二十歳の時に亡くなり
形見の着物が着たくて
着付けの学校へ行き、
最後は師範までとってしまった。
それくらい
私は着物が好きになった。
特に着物の小物は
見ているだけでも楽しく美しい。

特に足袋を履く機会が増え
私はその真っ白な足にピタッと
吸い付くような感覚に
惹かれていった。
足袋の後ろについている留め金
コハゼをひとつずつ
止めていくのが
たまらなく好きだ。
普段でもストレッチの足袋ソックスを
愛用しているくらい。。。

そんな足袋好きの私に
当時、建築関係の仕事をしていた男性から
『SOU SOU』が出来ると聞いた。
もう、10年くらい前だろうか?思い出せないが、、、、
京都でも世界でも有名な
京都の和装製造販売のデザインユニット。
しかも、その代表作の
地下足袋の靴をショップが出来た時は
一番に見に行った!
小さなショップには
オシャレな地下足袋のステキなものがあったが
毒のある私には可愛過ぎたが
Tシャツなどは買い求めて最近まで
愛用していた。


SOU SOU 足袋 net shop


京都生まれの私がオススメする
ステキなショップなので
ぜひ、ご覧ください。

ただ、足袋を有名にしたのは
SOUSOUだけではなかったのです。


少し長くなりましたが
ここでマルタンマルジェラの登場です。
ベルギーのフェッションデザイナー。
のちのアントワープの6人と言った方が良いのでしょうか、、、
アントワープの6人+1人の
『1人』と言った方が合っていると思います。
軍服のリメイク(ポペリズムだっただろうか、、、)や
コムデギャルソンとの合同ショーでも
有名です。
そんなマルタンマルジェラは
私をトリコにするブーツを作った。

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足袋ブーツ。。。
実は、こちらは値段が高額だが
やはり、一足は欲しいと
思わせるブーツです。
現在、マルタンマルジェラは自身がデザインに関わっていないと聞くが
どうなんだろう?
数字によって
レディスやメンズや小物などが分かれている。
靴は『22』
レディスのコレクションは『1』など。
そのセンスは、やはり抜群だ。

ドリスヴァンノッテン
アン ドゥムールメステール
ダークビッケンバーグ
アントワープの6人のこの3人の洋服は
当時古着屋で働く私も
手にしたが
マルタンマルジェラを
手にすることはなかった。。。

ベルギーのデザイナーの中でも
特別な存在のような気がする。

そんなマルタンマルジェラに負けないように
私も地下足袋に手仕事を入れている。

実は、いつもは興味のない長男が
作りかけの地下足袋の手仕事を見て
『コレは凄い!オカアチャン、スゴイ!』と
絶賛してくれた。

長男も駅伝で頑張っているんで
私もここは最大の私の毒を出して
私の作る最愛の足袋を
御紹介できたらと
思っています。


マルタンマルジェラ









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私のダイスキなデザイナーを
御紹介する第二弾!
それは
『エーロ アールニオ!!』

フィンランド出身の家具(チェア)デザイナー。
素材やフォルム、カラーまでも
強烈な印象を1960年代に
生み出しています。
当時では斬新なプラスチックを使った
デザインの楽しさが
ギュッと詰まった作品が
いっぱいなんです。

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私がまだ
高校生のときに
一目惚れしたチェアがコレ。
なんて、スペーシーなの!
バブルチェアという名前も
素敵!
ゼッタイ、いつか欲しい!
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こちらはボールチェア!
とりあえず
最高にハッピーになれそうでしょ?
このチェア
実は約100万円ほどします。
でも、まるで
おかあさんのお腹の中にいるみたいに
自分の呼吸を聞きながら
刺しゅうしたら素敵よね。
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こちらは
ポニー
このポニーなら家で飼えそうね!
でも、四人の子供たちに
平等に1頭!ずつのポニーを
用意しないとね!
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こちらは
パスティルチェア!
なんと
水に浮かべたり
草原で滑らせたりできるの!
私もスギラビーチで
浮かんでみたい!


他にも沢山の私をトリコにさせる
ステキなチェアは
有名な映画や
オシャレなファッション雑誌でも
モデルに勝る劣らず
そのインパクトを与え続けています。

まだまだ
その魅力を知りたい方は
コチラをクリックしてね!


エーロアールニオ




いつか、家中の椅子を
遊び心のある
チェアで埋め尽くしたい!
今回は、そんな憧れのデザイナーを
御紹介しました。
ハンドメイドも
楽しみながら
遊び心を加えていきましょう。

楽しいのが一番!
ね!
お気に入りの椅子に
包まれて
ハンドメイドしましょう。

私はエーロアールニオで、、、


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昨日、大好きなデザイナー
山本耀司さんのお話を少ししましたが
これから、私の心惹かれた
デザイナーのお話を
していけたらな〜と思っています。

第一回目に
私が選んだのは
山本耀司さんより
確か一年先に装苑大賞を受賞された
熊谷登喜夫さんこと
『トキオクマガイ』
(以後、敬称略)
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彼の死を知ったときは
すごく落ち込んだ。
彼は40歳だった。。。

彼は日本人で初めて
パリで成功した靴のデザイナーだった。
雑誌をめくれば
すぐに彼のものだと分かるくらい
その靴は美しく繊細で
履かずとも
その良さが分かるくらい
柔らかいものを感じた。
どうしても忘れられない靴がある。
女性の膝下から写っているのだが
その足は重なっているのか
重なっていないくらい細く白い
その足元を飾る淡いグレイのような
パールホワイトのような色
いや、その形のように
淡い淡いブドウのような色。
そう、まるでブドウ様な感じを思わせる
パンプス。
あの写真が忘れられません。

その後、彼は『TOKIO KUMAGAI』の
ブランドを立ち上げる。
私は、コレクションで見た
ブルゾンが欲しく
河原町阪急に『TOKIOKUMAGAI』が
入った日は急いで出かけた。
真っ黒なブルゾンが等間隔で
並ぶ中を私は
ゆっくり一枚ずつ探す。。。
きっと、若い娘がとびきりの
ギャルソンでお洒落をし
メンズラインのブルゾンを
探してる様は
滑稽だったかも知れない。
しかし、私の手が止まった。
「まちがいない。これだ。。」
凄く背の高いマヌカンに言う。
「これ、ください」

真っ黒なシルクのような手触りの
サテン地のキルティングのブルゾン。
両袖はキルティングされておらず
手触りはサラサラで
指先が乾燥していたら
引っかかりそうなくらい
繊細だった。
前身頃と後ろ身頃は
大き目の幅のキルティング。4〜5センチ角でしょうか。。。
袖と身頃の違いが
見た目だけでハッキリと分かるが
それは絶妙なバランスだった。
そして、私の一番の心を惹かれたのは
ブルゾンのウエスト部のリブの部分だ。
普通のブルゾンのリブは
分かりやすく言うとニットで編まれたものが
ついているが
彼のものは違った。
ハイウエストな感じで
リブ幅が12センチ前後あるのだ。
しかも、ニットのリブでなく
袖の部分と同じ
キルティングのされていない
生地を使い 
その太いゴムを挟み込んでいた。
遠くから見ると
ブルゾンの上から
ウエスト部だけ細くなっていて
カマーベルトでもしているようだ。
そのウエスト部が私には
美しくて仕方がなかった。

そして、それを
その憧れのブルゾンに
袖を通す。
その時は細かったので
Sサイズを取り寄せてもらう事にした。

胸がうきうきした。
こんなに躍動する自分は
初めてだった。

商品が入り、私はまた、
急いでショップに向かう。
もう、再試着する必要など
なかった。
丁寧に包んでもらったブルゾンを
手渡される時、
あのときと違うマヌカンが
私に差し出してくれた。
「ショップオープンのノベルティです」
「ありがとうございます!!!」

私は家に帰るなり
ノベルティを開けた。
そこには厚めのサテンで出来た
バッグが入っていた。
とても愛用した。

(余談だが、TOKIO KUMAGAIの最後の『I』
を見てもらうと分かるが ・が二つある。
私は同じように手紙を書く時 HIROMIの『I』
が同じようになっていたのは言うまでもない)


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そのノベルティがこのバッグ。
息子がどうしても
入れてくれというので
肩にかけさせた。
斜めがけのシンプルで
美しいデザイン。

そして、しっかりと
ロゴが。。。

私は23歳で古着屋を経営していたので
そのあと、このブルゾンも
常連さんに売ってしまった。
今、思うと後悔だが
このノベルティのバッグが
私の宝物。
かなりのレアなもの。

実は彼は
SEIKOから腕時計を出している
『時を忘れる時計』と
名付けられた
その美しいデザイン。
なぜ、買っておかなかったのか、、、
こちらの方が後悔の念でいっぱいです。
復刻でもいいので
SEIKOから出ないかと
考えています。。。
でも、きっと、
いつか、巡り会えそうな気がして。。

亡くなったあと、
トキオクマガイは
あの松島正樹が後を次ぎますが
数年ほどでトキオクマガイは なくなります。
アシスタントでは永澤陽一もいた事で有名。
そうそう、この永澤陽一は京都府出身で
最近、『品』という高級雑貨店を
プロデュースしたようだ。

店名:品(SHINA)
場所:京都府京都市中京区烏帽子屋町489
TEL:075-257-5567



トキオクマガイ
私の最も心に残るデザイナー
これからもずっと。。。

そして、あなたが
私に残してくれた
大切なノベルティバッグを真似て
私もバッグを作ります。

あなたの作品を
この目で見れた事
触れた事
そして、手にした事
本当に光栄でした。。。




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